
東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」
思い描いていたような日々を過ごすことはできなかったけれど、何度も心が折れかけたこともあったけれど、それでもサッカーのある日常と向き合い続けてきた。自分を信じてくれる人が、自分に期待してくれる人がいる限り、諦めない。3年間でエネルギーは十分すぎるほどに溜めてきた。このチームでとにかく躍動して、必ず小さいころからの夢を掴んでやる。
「今年は『恩返しの年にしたいな』と凄く思っています。大学に入ってからの3年間は苦しい時間でしたし、正直『マジでサッカーやめたいな』と思ったこともあった中で、間違いなくいろいろな人の支えがあって、ここまで続けられたので、プロサッカー選手になって親とか玉井(智久)さん、(兵藤慎剛)監督もそうですし、これまで支えてもらった人に恩返ししたい気持ちはありますね」。
キャリアを懸けた大学ラストイヤーに臨む、早稲田大が誇るサッカー小僧。MF森田大智(4年=大津高)は多くの人たちへの感謝を胸に、チームで掲げた目標と自分が追い求め続けてきた目標を達成するため、勝負の1年へと足を踏み入れている。
ようやく巡ってきたチャンスに、胸が高鳴っていた。4月6日。関東大学リーグ2部開幕戦。早稲田大を率いる兵藤慎剛監督は、神奈川大と対峙する一戦のスタメンリストに、4年生に進級したばかりの森田の名前を書き込む。
「正直、去年ぐらいから『何で出られないんだろう……』という時期はあったんですけど、このプレシーズンで結構スタメンで出られるようになってきてから、『ああ、こういうことだったんだな』というのはわかるようになりましたね。自分はボールを触ることが得意なのに、自分から受けに行っていなかったというか、要求が少なかったなというのは、今から振り返ると感じているところです」。
待ちに待ったと言うべきだろう。「時間が掛かりましたね」と本人も語っている。森田にとっては、この試合が関東大学リーグ初スタメン。3年に及ぶ雌伏の時を経て、ようやく試合開始からピッチに立つ権利を手繰り寄せたのだ。
ア式蹴球部への入部が、“鳴り物入り”と呼ばれるものだったことは間違いない。大津高3年時にはキャプテンを任され、プレミアリーグを主戦場に躍動。高校選手権でも決勝まで勝ち進み、最後は松木玖生を擁した青森山田高に敗れたものの、全国準優勝を達成。高いテクニックを携えた小柄な背番号10は、一躍多くのサッカーファンに知られる存在となった。


高校選手権決勝で松木玖生とマッチアップする森田
大きな希望を持って飛び込んだ大学サッカーの世界。だが、特にフィジカル面でなかなかフィットすることができず、首脳陣の確かな評価を得られない。周囲から向けられていた期待と、それに応えられない現実の狭間で、19歳の心は揺れ動く。
「大津の同期の瑠星(佐藤瑠星/筑波大)とか日高(華杜/法政大)は1年から試合に出ていたのに、自分は早稲田の一番下のチームにいて、そこでも試合に出れない時期がずっと続いていたので、彼らと比べてしまって『自分は何をしているんだろう……』と思って、焦って、自分のプレーが悪くなるという流れでした」。
選手権では4万人を超える観衆を集めた国立のピッチに立っていたにも関わらず、それから半年後の自分が置かれていたのは、チームの一番下のカテゴリー。先の見えない迷路に迷い込んだかのような感覚に襲われ、サッカーそのものが嫌になりかけていた森田は、気付けば“恩師”の携帯電話を鳴らしていた。
「普段は自分から全然連絡しないんですけど、結構自分の中でも追い込まれていたので、アカデミー(JFAアカデミー熊本宇城)でお世話になった宮川真一さんに電話したんです。そうしたら『オマエにはオマエの良さがあるから、自分にしかできないことにフォーカスすればいい』と言われたんですよね」。
「その頃はほかの上級生と自分を比べていたというか、『自分にはスピードが足りない』とか『フィジカルが足りない』とか、ないものばかりを探していた時だったので、もう1回自分の良さを再認識したことで、そこから少しずつ良くなっていった感じがありました」。
自分の特徴はボールを持った時のアイデアと、チャンスを演出するテクニック。そこを突き詰めるしか、生き残っていく道はない。もちろん劇的に状況が変化したわけではなかったが、進むべき方向性がはっきりしたことで、改めてサッカーと向き合うためのモチベーションを取り戻していく。
少なくない人たちの支えを得て、4年生の開幕戦で初めて掴んだスタメンの座。やらない理由なんて、あるはずもない。チームは前半だけで2点をリードされたが、40分には右サイドからDF佐々木奈琉(4年=帝京長岡高)が斜めに入れたボールを、森田は柔らかいワンタッチパスで後方へ。走り込んだMF山市秀翔(4年=桐光学園高/川崎内定)のシュートがゴールネットへ突き刺さり、追撃の1点を鮮やかにアシストしてみせる。
さらに、42分にはMF本保奏希(4年=JFAアカデミー福島)のシュートを、相手GKが弾いたこぼれ球にいち早く反応すると、GKに倒されてPKを獲得。これをFW鈴木大翔(3年=G大阪ユース)がど真ん中に蹴り込み、たちまちスコアは振り出しに。2得点に絡んだ背番号14の躍動が、チームメイトに勇気の火を灯す。
試合は後半43分にMF柏木陽良(3年=鹿島ユース)が劇的な決勝弾を叩き出し、3-2と大逆転勝利。「開幕戦では1アシストにPKも獲れて、自分の中である程度結果を残せた手応えはありました」。自分のプレーがチームの結果に結び付き、みんなで開幕白星を喜び合えたことが、何より一番嬉しかった。
4月16日。第3節。ホームの東伏見に東京農業大を迎えて行われた一戦は、前半11分にいきなり失点を許し、早稲田大はビハインドを負う展開に。後半に入ってもなかなかチャンスを作り切れない状況で、兵藤監督は決断する。
「試合展開的にも『自分が入ったら違いが作れるな』とはずっと思っていたので、思ったより交代も早くて、率直に嬉しかったです」。後半17分。ピッチサイドに現れた森田は1人目の交代カードとして、いつものグラウンドへと駆け出していく。
実は“戦列復帰”したのは前日だったという。「開幕戦の翌週の火曜日ぐらいから腰に違和感があって、水曜日の練習でもう動けなくなって、『あ、これはヤバいな』と。それで日曜の試合(第2節・立正大戦)は欠場して、トレーナーの方にいろいろケアしてもらった中で、急激に良くなったので昨日から練習に復帰しました」。
「開幕スタメンで結果も出せて、『ここから行こう』というところで痛くなったので、正直『マジか……』と思ったんですけど、そこまでひどくはないとも感じていたので、早く次に向けて準備していこうと思っていました。早く帰ってこられて良かったです」。
18分。いきなり決定機がやってくる。右サイドからMF久米遥太(2年=早稲田実高)がクロスを放り込み、そのこぼれを再び久米が中央へ送ると、落下地点に入った森田のヘディングはわずかに枠の右へ逸れたものの、ここからホームチームの猛ラッシュが幕を開ける。
19分、MF高橋作和(3年=國學院久我山高)。20分、FW伊藤猛志(3年=磐田U-18)。31分、再び伊藤。42分、柏木。ファイナルスコアは4-1。「ゴール、アシストという結果を残せれば良かったですけど、とにかく0-1の状況からチームが勝てたので、流れを変えられたのかなと。1つ役割は果たせたのかなと思います」。これでチームは開幕3連勝を達成。試合後は森田の表情にも笑顔が広がった。


2025年。自身で掲げたテーマは『表現する』だ。
「監督からも『もっと感情を出せ』『もっと自分の良さを表現しろ』というのは、ずっと言われている部分でもあって、高校の時は感情を表に出してサッカーをやっていたなと思うんですけど、大学に入ってからの3年間は淡々と、自分のパフォーマンスによりフォーカスしていたなと気付いたんです」。
「高校の時はやっぱり『日本一を獲りたい』という想いがあった中で、試合では勝利にこだわって感情を出せていた部分があったんですけど、大学はプロに行くためのラストチャンスだと思って、そこにフォーカスしすぎたのかなって。でも、結局チームのためにプレーした方が自分の良いパフォーマンスが出ることも凄く感じていますし、ここ3年間はあまりチームの力になれていないので、早稲田最後の年はよりチームのために戦って、『絶対に1部に上げたい』という気持ちを表現したいなと思っています」。
ピッチ上で、自らのプレーを表現し続けたい。試合に出続けて、自分らしさを表現し続けたい。喜怒哀楽を表現したい。内に秘めているものを表現したい。観ている人に想いや熱量が伝わるプレーがしたい。もう覚悟は決まっている。早稲田のために、チームメイトのために、そして、自分のために、今あるすべてを出し尽くしてやる。
楽しみにしているリーグ戦の対戦がある。ともに同じ2部から1部昇格を目指す法政大には、高校時代の同期に当たるDF日高華杜(4年/清水内定)とDF薬師田澪(4年)が在籍。アイツらだけには絶対に負けられない。
「法政戦だけは特別な感情を持っていて、そこだけは意地でもスタメンで出たい気持ちがありますね。去年の法政戦を自分はベンチから見ていたんですけど、早稲田側から見てもあの2人は法政のキーマンになっていたので、『ピッチに立ちたいな』という気持ちはありましたし、試合に出られなかったことが悔しかったです。他の試合の日程は正直そこまでわからないですけど、法政戦だけは5月3日だと覚えています。そこは本当に楽しみですね」。
しっかりコンディションを戻して、もっと自分の立ち位置を確立して、5月3日を迎えたい。お互いバチバチにやり合って、その上でどんな結果だったとしても、試合後には笑顔で握手できるように。
思い描いていたような日々を過ごすことはできなかったけれど、何度も心が折れかけたこともあったけれど、それでもサッカーのある日常と向き合い続けてきた。自分を信じてくれる人が、自分に期待してくれる人がいる限り、諦めない。
「正直、この大学の3年間で『うまく行っているな』と思っている時期なんてなかったですけど、それでも今から振り返ると、間違いなく自分にとって必要な時間だったなと思いますし、間違いなく高校の時より進化していることは実感しているので、いろいろな経験をして、悔しい想いをして、一回り大きくなったんじゃないかなって。いろいろなことに時間が掛かりましたけど、勝負はこれからかなとも思っています」。
表現する。自分のプレーを。自分の感情を。誓う。臙脂の復権を。臙脂への忠誠を。そのためにだったら、何度だって、立ち上がる。何度だって、繰り返す。そんな日々の先にだけ、きっと望んだ未来が待っている。早稲田大ア式蹴球部4年。森田大智の勝負は、まだまだこれからが本番だ。


■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』
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